新春恒例のカリフォルニアのビューティショーは、目まぐるしく動いています。50数年の歴史を誇る「ロングビーチ」は、地元のLBHがIBSに譲渡して内容が変わり、ICEが昨年「ロサンゼルス」で旗揚げしてから、さらに混迷を深めましたが、今年の動員力の差で勝負あったという感じです。トム・バーガー氏の寝技が光っていました。「どっちに行ったほうが良いですか」と、買物ツアーのネイリストによく聞かれましたが、来年はICEのほうが良い、と云っておきましょう。
それはさておき、この2大大会で黒崎えり子さん(NSJ)が、ついに念願のチャンピオンに輝いたので、緊急インタビューしました。
まずは、海外メジャー初優勝の感想を「何の気負いもなく、緊張もなく出来ました」と語ってくださいました。海外のコンペは水物、何回出場したから勝てるという保証は全くありません。常に高いコンセントレーションを保ちながら挑戦し続け、チャンスを待ち続けることです。ついに勝ち得たERIKOの根性と実力に、心からエールを送ります。
彼女の生立ちをご紹介しましょう。お父さんは魚屋さん(どうりで寿司ネタにはうるさい)。お母さんは着物関係のお仕事(TVのドキュメント取材をお願いした時、清楚な和服姿で出演して戴いた記憶がある)で、好奇心から小学生の時にネイルに目覚め、自分でいろいろ試し、学校から睨まれるなどのエピソードがありました。本格的に自覚したのは高校時代に、友達の綺麗なお姉さんのスカルプチュアを見て「私も出来るようになりたい」と思ったのがきっかけで、NSJの門を叩き、仲宗根幸子さんから猛特訓を受けました。
そのかいがあって、協会コンペに1年目で総合優勝。発展途上の本人にとっては、とてもうれしかった反面「これでいいのか」という疑問が湧き、招待で出場したアメリカの大会で本場の技術に触れて、自分の未熟さ、技術の深さを知ることが出来ました。以来EZ−Flowのダニーに師事し、手におえなくなったと云って、トムにバトンタッチされました。もっともっと大会に出て、実力を試したかったが、協会規定(多くの人にチャンスを与える為、総合チャンピオンは、以後の大会に出場できない)に泣かされ、ローカルしか出場できず、それも「黒崎が出るんじゃ」と敬遠される始末。必然的に実力を試す場を海外に求めるようになり、所属団体、勤務先などの親身な協力を得て、アメリカの各地の大会を連戦するようになりました。最近はどの大会でもトップ・グループには入っているものの、チャンピオンにはなれず、今回やっと栄冠を掴むことが出来ました。そして、余勢を買って、3月のシカゴ(MID−WEST)で2位、ニューヨーク(IBS)で優勝しました。ここで休むことなく、4月にはドイツと、イタリアのボローニャ、6月にはラスベガスの大会に出場します。またまた大きな成果をあげてきてくれることでしょう。
最近は、マスコミ取材や個人的質問がたいへん多いそうです。その代表的なものに答えてもらいました。
「Q□どうしたらチャンピオンになれるか A□やはり練習すること、あきらめずに練習することです。加えて、良い技術・良い作品を見ること、それが後輩であっても良いものを持っている人がいれば素直に習うことです。」
「Q□サロン技術との違いは A□サロン(VOUGE)の店長としては、お客様を自分に置き換えて、生活しやすいものを作ってあげる、長持ちする技術、時間効率の良い技術をしてあげることです。」
「Q□将来の目標は A□人並みに結婚してアメリカに住みたい。でも、ネイルはやめません。」
19歳から夢中になってやってきて早くも8年、超多忙なスケジュールのなかで、本人は「出来る限り気さくにリクエストに応じているが、いろいろなバッシングも耳にする。今は思いのままに、多感な向上心と可能性を発揮させたい。」真のカリスマ・ネイリストを目指し邁進する姿は、時が経てば、時代の先駆者として評価されるでしょう。
<2000年4月記 原文>